魯迅に見る立身出世主義の影響 その3
また、アメリカにおいては、マックス・ウェーバーがかの有名な「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」で解き明かしたように、プロテスタンディズムの持つ世俗内禁欲が資本主義の発達に拍車をかける結果となりました。彼らは、聖書に基づき神から与えられた天職(Beruf)に従事し、得られた利潤を新たなる投資につぎ込むことによって禁欲生活を守り、その意図せざる結果として資本主義システムが一人歩きしたというわけですが、かのシステムにおいては、「アメリカン・ドリーム」といわれるような所謂『努力が成功に結びつく社会』というものが成立しました。
日本において、アメリカ人にとっての「プロティスタンティズム」と同様な働きをなしたものはフォーク・セオリーとしての社会ダーウィニズムでした。これは生物の進化法則を人間社会に適用させた社会理論であり、優勝劣敗による適者生存説なのですが、明治維新以降の日本においても、こうした社会進化論的な考えが広まっていました。つまり『頑張れば必ず成功する』、といった考え方です。仙台医科大学時代の藤野先生との交流を始め、明治維新以降の日本に広く膾炙していた立身出世主義が魯迅の文学作品に与えた影響も無視できないものと思われます。例えば魯迅が好んで読んだ夏目漱石の作品に「三四郎」がありますが、ここでは当時のエリート階級としての大学生の姿が描かれています。ところがこの反面、生存競争に敗れて落伍・失敗する大学生も後を絶たず、小学校の教科書などではさかんに立身出世の明の部分(成功)と暗の部分(堕落)を対比させ、この生存競争から脱落することへの不安を煽りました。こうした適者生存の社会的ダーウィニズムが広く認識されていた日本で生活していた魯迅が、社会進化論を受容したとしてもなんら不思議ではありません。
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