イギリスと日本の教育システム
イギリスの『パブリックスクール』をどのように思われているでしょうか。我々のイメージからすると、ボーイズラブの舞台としてうってつけ・・・もとい、金持ちや貴族の子息が通う学校だといった感があります。
この英国式の、「個人の努力と能力を評価する」という方針で行われる試験は、画一化された、―それも過熱された受験システムに組み込まれた日本人にとっては常に理想とされてきた形の試験法式でした。よって、「イギリスの学校は自由でのびのびした場所である」という神話も生まれました。
しかし、イギリスの受験制度が過熱しないのは階級制度のたまものであり、もともと受験というシステムそのものに組み込まれる人間の数がある程度限られているからだったりします。イギリスは「上流階級 (Upper Class)」、「中産階級(Middle Class)」、「労働者階級(Working Class)」といった階級(class)にわかれており、パブリックスクールの学生は上流階級と中産階級によって占められているのです。
イギリスの場合、当然のことながら学校側としては階級に関係なく生徒を受け入れてはいますが、労働者階級に所属する人たち自身が受験制度に参入することを嫌うふしがあり、いまだイギリスが「階級社会」という制度から完全に開放されてはいない現実が窺えます。
一方、日本の受験システムは「受験戦争」などと称される通り、必要以上に過熱していると批判されてきましたが、日本の受験生のうちで、「社会的階級が障害となっている」という人はいないでしょう。そういう意味で、日本の受験はシステムは非常に公平であるわけです。ただ、これはあくまでもシステムの仕様上そうだというだけで、実際にそうであるかは考慮していないのでお間違えのないよう宜しくお願い申しあげます。例えば、家の都合で学校に行かせてもらえない子供だっているわけですから、生徒の家庭的要因、個人的要因までをこのシステム内に組み込んで判断するものではありません。
また、受験生個人の能力や努力の程度を査定するといった「センス」を問う試験方式は、それなりの才能がある者にとっては有利なシステムなのでしょうが、才能が無い者にとってはかなり不利なシステムであるといえなくもありません。よって日本の点取り式試験制度は、何か特別な「センス」のない者でも、勉強次第ではどんどん先に進めるという点では、非常に平等なシステムであると言えるでしょう。日本の受験システムは万人に対して画一化されており、みんなが同じスタートラインから始められるものだからです。
ビタミンアルファ
5月 3rd, 2007 at 22:09:17
この間、TJ氏の友人某に居酒屋で聞いた話しです。香港のESF系列(ほとんどパブリックスクールに近い英国式国際学校)の中でも、香港のお高い方々が沢山住まわれているピークの小学校は、香港の国際学校にはめずらしく白人の生徒さんが圧倒的多数だそうで、サッカリンさんがご指摘された英国式お階級社会とお階級差別が生徒や父兄の間に広がっているそうです。一応、眉に唾つけて聞いといてください。
5月 5th, 2007 at 12:24:03
bobbyさん
階級というものは、足が長いとか顔が良いといったものと同じレベルで、本人にはもうどうしようもないといいますか、ある程度先天的に決定されてしまっているものです。こういうものが障壁となって、満足な教育を受けられない、良い仕事に就けないという社会は本来あってはならないはずです。
が、実際のところ格差はどんどん進んでおり、「上級」と「下級」の区別、さらには「上級」の中でも「上の上」、「上の中」、「上の下」と、細分化された階級が存在するということでしょうか。
マルクスが提唱したような、資本主義社会の大成後に到来すべき共産社会というものは幻想だと思いますが、それでも見てみたい気がします。
5月 5th, 2007 at 12:50:40
しかしGoogleやYahooといったネット企業のやることは、冨の再分配をやっているように思えます。例えばGoogle Map。昔なら衛星写真を見ようとしたら恐ろしい金を払わなければならなかったわけで、それを金をしこたま持っているGoogleが衛星会社から版権ごと買って、金のない我々に見せてくれるわけですから、Googleという政府と我々一般の民という共産社会が成立しているように見え無くないですよね。
5月 5th, 2007 at 13:01:49
TJさま
たくさんカネを持っている組織なり団体なり政府なりがなければ、共産社会は成立しないというわけですね。
このモデルは「インターネット利用者」と「グーグル」という、非常に限られた範囲での共産社会です。また、コストで考えたら『衛星写真を製本して全世界に配布』より、『衛星写真をインターネットで配信する』方が低コストだから実現できたことで、逆だったらそれこそソ連みたい破綻していたと思います。
5月 6th, 2007 at 0:31:20
戦国時代、明治維新、文化大革命、産業革命など、戦争や政権交代や技術革新が大規模で起こったときに、既存の階級社会がゆさぶられて、新旧交代が起こります。
階級とは、運命のようにどうしようもないというほどのものでももない。最も簡単に上位の階級を獲得したければ、見合うだけのお金を得れば良いのです。より多くの人が短期間に高い階級を得ようとすれば、社会を揺さぶればよい。戦争や政変でなくても、大きな技術革新や、広域的な経済ダメージでも良い。あるいは大規模な自然災害に乗ずる事でも可能です。
富の再配分とか新しい共産社会の形成というのは面白い考えではありますが、実際はもっと単純に、大規模な技術革新の力で既存の階級社会をゆさぶり、そのショックウェーブに乗って会社まるごと階級社会を昇っているだけではないでしょうか。
5月 7th, 2007 at 9:07:36
bobbyさま
私のようなごく「フツー」の一般人には、「見合うだけのお金」を作ること自体が既に不可能でして、それこそ宝くじでも当たらない限りはまずありえない話なわけです(笑)そういう意味では運命と似たようなところがあると思います。かといって赤軍派になるような度胸もないとなれば、実にそこそこの位置で一生を終えるしかないのでしょうね。
ただ、最近はその「そこそこの位置」にしがみつくことすら危ぶまれているのですが・・・。
5月 7th, 2007 at 9:43:18
>たくさんカネを持っている組織なり団体なり政府なりがなければ、
>共産社会は成立しないというわけですね。
よりハッキリと言えば、一般大衆から集金するシステムを持っている団体なり政府なりということでしょうか。政府は徴税、企業は株式や売上などの収入からですね。それを元手に全ての人に再配分するわけです。
>このモデルは「インターネット利用者」と「グーグル」という、
>非常に限られた範囲での共産社会です。
現時点では限られていますが、確実に広がっている(いく)モノともいえますね。
5月 7th, 2007 at 12:27:59
TJさま
グーグルのような企業・団体は今後増加していくのでしょうが、インターネットの世界においては、検索システムやそれに付随するツールを提供する企業としてのグーグルの優位性は当分揺らがないのではと思います。最近ではどの検索エンジン会社ももグーグルにはかなわないと思ったのか、自社開発を諦めてしまいましたね。
>よりハッキリと言えば、一般大衆から集金するシステムを持っている団体なり政府なりということでしょうか。政府は徴税、企業は株式や売上などの収入からですね。それを
>それを元手に全ての人に再配分するわけです。
『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』にあったような、一箇所的な富の循環ではいけないわけですね。