Archive for the '宗教・文学・文化' Category

魯迅に見る立身出世主義の影響 その4

木曜日, 5月 10th, 2007

また、日本では大正時代に、「知識人」をあらわすフォーク・コンセプトとして「賢人」、「学者」、「有識者」などに替わり「インテリ(ゲンツィア)」や「知識人」の言葉が広く人口に膾炙しました。これはロシア革命とマルクス主義による影響が大きいと思われます。この用語は学歴エリートの経済的困窮の中で、彼らのような無産有識階級の文化貴族性に光明をもたらしたものであり、彼らの尊厳をなんとかして維持させようとしていた・・・という意味合いが強いのですが、これは中国においても同じだったようです。魯迅先生が初期文学活動において先覚者による人心の啓蒙を目指しているように、無知蒙昧な民衆を目覚めさせることこそが知識人の使命であると考えることで、彼ら「知識人」自身の価値を高めようしていたとも考えられます。

魯迅先生は、世界という舞台における生存競争から中国の民衆が脱落することを恐れ、時には辛辣な言葉を持って同国人を批判していましたが、そこには彼の愛国者としての気概が伺えます。魯迅は中国の伝統的社会を否定的なものととらえており、作品の中ではその弊害に焦点を当てることが多いわけですが、そこには日本での留学生活で得た立身出世主義の思想が影響していたのではないでしょうか。それと同時に、魯迅は当時の国際社会における中国の危機的状況をいち早く察知し、日本が身分制と封建制を否定し、立身出世主義を掲げることによって近代化と富国強兵をなしえたように、儒教に基づく中国の伝統的社会制度を否定することによって中国社会そのものを進化させようとしたのです。

魯迅に見る立身出世主義の影響 その3

水曜日, 5月 9th, 2007

また、アメリカにおいては、マックス・ウェーバーがかの有名な「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」で解き明かしたように、プロテスタンディズムの持つ世俗内禁欲が資本主義の発達に拍車をかける結果となりました。彼らは、聖書に基づき神から与えられた天職(Beruf)に従事し、得られた利潤を新たなる投資につぎ込むことによって禁欲生活を守り、その意図せざる結果として資本主義システムが一人歩きしたというわけですが、かのシステムにおいては、「アメリカン・ドリーム」といわれるような所謂『努力が成功に結びつく社会』というものが成立しました。

日本において、アメリカ人にとっての「プロティスタンティズム」と同様な働きをなしたものはフォーク・セオリーとしての社会ダーウィニズムでした。これは生物の進化法則を人間社会に適用させた社会理論であり、優勝劣敗による適者生存説なのですが、明治維新以降の日本においても、こうした社会進化論的な考えが広まっていました。つまり『頑張れば必ず成功する』、といった考え方です。仙台医科大学時代の藤野先生との交流を始め、明治維新以降の日本に広く膾炙していた立身出世主義が魯迅の文学作品に与えた影響も無視できないものと思われます。例えば魯迅が好んで読んだ夏目漱石の作品に「三四郎」がありますが、ここでは当時のエリート階級としての大学生の姿が描かれています。ところがこの反面、生存競争に敗れて落伍・失敗する大学生も後を絶たず、小学校の教科書などではさかんに立身出世の明の部分(成功)と暗の部分(堕落)を対比させ、この生存競争から脱落することへの不安を煽りました。こうした適者生存の社会的ダーウィニズムが広く認識されていた日本で生活していた魯迅が、社会進化論を受容したとしてもなんら不思議ではありません。

魯迅に見る立身出世主義の影響 その2

火曜日, 5月 8th, 2007

厳復(1854−1921)がダーウインの弟子であるハックスレー(1825−95)の『進化と倫理』を中国語に翻訳し、1898年に刊行したのが『天演論』(1898年刊)です。魯迅先生はこの進化論を信奉し、中国社会もやがては生物のように進化していくに違いないと期待し、特に倫理観の進化に期待を寄せていました、彼がこうした社会進化論の考えを持つに至った経緯としては、近代日本に蔓延していた立身出世主義の影響があったのではないかと考えられます。

無論、中国の伝統的な思考様式の中に、ハックスレーの進化論と似通ったところがあったという指摘もあるわけですが、進化論が日本を経由して中国に流入したのと『天演論』の発刊はほぼ同時期であり、中国において進化論が受容されるのは日本より後のことです。魯迅先生は1902年4月から7年間日本へ留学しましたが、この間に読んだ文学から明治期の日本社会に広く蔓延していた立身出世主義の影響を受けたと考えることもできるでしょう。

明治維新以降、日本は他のアジア諸国のように植民地化されることはありませんでしたが、これは欧米列強による支配を単に先送りしただけに過ぎません。欧米列強による支配から完全に逃れ、対等な立場として対応するためにはどうすればよいか。それは階級、身分の差を越えて欧米諸国に追いつくことでした。そのため維新以降、武士や農民といった身分制社会が崩壊し、実力のみが個人の評価を決定付けるものとなったわけです。福沢諭吉の「学問のススメ」やサミュエル・スマイルズの「西国立志編」といった書物が多々読まれ、それまでの社会規範として働いていた身分制社会を根底から覆す潮流となりました。

魯迅に見る立身出世主義の影響 その1

月曜日, 5月 7th, 2007

この度は、あの有名な魯迅先生について書いてみようと思います。

魯迅先生は日本に留学した際、近代日本において広まっていたた立身出世主義の考えに触れていたのではないかということなのですが、ダーウィンの唱えた生物進化論を人間社会にも適用し、生物と同様、社会自体も一定の方向に進化していくと考える理論が『社会進化論』であり、 19世紀後半にイギリスのスペンサーが提唱したのに端を発しています。近代日本社会はこの理論を立身出世主義という形で取り入れることで近代化と富国強兵を成し遂げたわけですが、魯迅先生も同様に、社会進化論的な思想を抱くことから中国の伝統主義社会を否定的にとらえ、中国社会の進化、特に倫理面における進化への期待を寄せていたと思われます。

魯迅先生は『而已集』という作品において、講演活動のため香港を訪れた際に船中で起こった事柄について記述しています。当時の香港はすでにイギリスの植民地であり、英国人に取り入って財を成す、『高等華人』の姿が見られたのですが、大多数の『土地の者』は苦しみに耐えるだけの貧しい生活を余儀なくされていました。魯迅先生は『同胞の手によって』行われた荷物検査に愕然とし、露骨に賄賂を要求する係員たちの姿に、英国の支配下であった植民地香港の縮図を写し見ていたことでしょう。支配者がどう変わろうとも、それに適応して生き延びている『高等華人』は魯迅先生にとって『奴隷』の精神を持った人々というように写ったのです。魯迅先生はこの作品の最後に、『香港は一つの島でしかないが、しかしそれは中国のいろいろな土地の、現在と将来の縮図をそのままに描いている、中央には幾人かの外国の御主人がいて、その配下には若干のおべっかをつかう『高等華人』と手先をつとめる奴隷的な同胞の一群がいる。その他は、すべて黙々として苦しみに耐えている『土地の者』である。苦しみに耐えきれるものは、死ぬまでこの植民地にいるし、耐えられないものは深山に逃げこむ、苗族や猺族が私たちの先輩である』と記し、外国人に媚び諂い、民族アイデンティティを喪失した同胞を厳しく批判しています。こうした無闘争主義と自己満足を魯迅先生は『阿Q精神』と呼び、中国の近代化が遅れた理由の最たるものとして非難しているわけですが、それと同時に、将来は必ず良くなるから、そのために文学を学ぶのだとも考えていました。日本でも、内村鑑三(1861~1930)が、その著書「後世への最大遺物」の中で、文学とはわれわれがこの世界に戦争するときの道具である。今日戦争することはできないから、未来において戦争しようとするのが文学であるとしていますが、魯迅先生が中国人の啓蒙のため文学という手段をとったのも、こうした考えによるものではないでしょうか。

日本人論の歴史

土曜日, 5月 5th, 2007

一昔前、「日本人論」というのが流行りましたが、ちょうどそれに関して何年か前に書いたものがあったので、転載しようと思います。何かと評判の悪い「レポート再録シリーズ」ですがお暇な方はどうぞ。

日本人論の走りとして有名なのは、内村鑑三氏の『代表的日本人』でしょう。これは氏が選出した5人の日本人の生涯をもとに、日本人の精神性、倫理観などを説き明かそうとするものです。1960年の高度成長期以降、日本人自身の手による多数の「日本人論」が議論されてきたわけですが、その最たるものが、中根千枝氏の『タテ社会の人間関係』です。ものすごく簡単に言いますと、「場」を強調し、ウチとソトを強烈に意識する日本の社会構造について述べているわけですが、この本の最大の特徴は「日本人が日本人を『構造的に』分析した」という点であり、有名な日本人論の古典・ルース・ベネディクト氏の『菊と刀』とは一線を画するところであると言えます。また、これには続編として『タテ社会の力学』があり、集団の社会的規制が法規制の役割をも果たしていることを説いています。そして土居健郎氏の『甘えの構造』は、精神分析的なアプローチで日本人の民族意識である「甘え」を説明した点が特徴的です。これらは日本人の特異性を強調している点で、アメリカをモデルとした近代化理論に対する強烈なアンチテーゼであるように思えます。

80年代に入り、日本が高度経済成長を成功させると、調子のいいことに欧米の方からも、日本人を見習ってみようかという風潮が現れました。エズラ・F・ヴォーゲル氏の『ジャパン・アズ・ナンバーワン』などはその一例でしょう。

さて、それまでこうした日本人論を担ってきたのは知識人や異文化の翻訳者、または政治的・商業的な対外機能を必要とする政治化や企業でした。しかし、この時期になって、日本人論を相対化する論調も見られるようになります。ハルミ・ベフ氏による『増補イデオロギーとしての日本人論』では、海外との接触と生活の洋式化による民族的アイデンティティーの喪失が日本人論を生み出したものと解釈しています。また、杉本良夫氏は『日本人論の方程式』で、日本人論のいくつかの論型に焦点を当て、日本人が「日本人論」に対外的、対内的機能を持たせ、「手段」として扱っていると論じています。

高度経済成長が終わり、バブル崩壊後になるとカレル・ヴァン・ウォルフレン氏による『なぜ日本人は日本を愛せないか』で日本人論に対する消極的な論説が説かれ、また野口悠紀雄氏は『21世紀・日本経済はよみがえるか』の中で、日本の経済再復興の見通し等を書いています。

しかし、もともと「・・・人論」という類のものが近代の国民国家成立以降にできた概念でありますし、国際化・グローバル化・情報化の進行する社会では、「・・・人」という枠組みの規定すら曖昧になっている有様で、実際に「民族」、「人種」といったカテゴライズそのものの見直し、またはそこからの脱却が図られているのです。

ただ、近年はグローバル化への反発から各国でナショナル・アイデンティティ復興の機運が高まっているのは確かでして、有名な精神科医の香山リカ氏も、『ぷちナショナリズム症候群―若者たちのニッポン主義』で、現在の若者の間に蔓延する『ニッポン至上主義』を批判しています。 最も、日本が好きだと思うこと自体をひとつの罪悪であるかのようにとらえている著者の論調には賛成しかねるものがあります。もちろん、それだけではなく、藤原 正彦氏の『国家の品格』、中西 輝政氏の『日本人としてこれだけは知っておきたいこと』等、日本人が本来持っていた日本人らしさを取り戻そうという、ナショナル・アイデンティティの啓蒙書も多数出版されています。

まあ全然関係ないんですが、私自身も香港へ来て、かえってナショナル・アイデンティティが明確になってきたような気がします。言葉も通じない国に来て、「あなたは誰ですか」と聞かれたときに、「私は○○だ」と答えるための強固な地盤が欲しいわけです。ここ香港で「私」が何者であるかを最も簡単に証明するための記号が「日本人」であるということなのです。

イギリスと日本の教育システム

木曜日, 5月 3rd, 2007

イギリスの『パブリックスクール』をどのように思われているでしょうか。我々のイメージからすると、ボーイズラブの舞台としてうってつけ・・・もとい、金持ちや貴族の子息が通う学校だといった感があります。

この英国式の、「個人の努力と能力を評価する」という方針で行われる試験は、画一化された、―それも過熱された受験システムに組み込まれた日本人にとっては常に理想とされてきた形の試験法式でした。よって、「イギリスの学校は自由でのびのびした場所である」という神話も生まれました。

しかし、イギリスの受験制度が過熱しないのは階級制度のたまものであり、もともと受験というシステムそのものに組み込まれる人間の数がある程度限られているからだったりします。イギリスは「上流階級 (Upper Class)」、「中産階級(Middle Class)」、「労働者階級(Working Class)」といった階級(class)にわかれており、パブリックスクールの学生は上流階級と中産階級によって占められているのです。

イギリスの場合、当然のことながら学校側としては階級に関係なく生徒を受け入れてはいますが、労働者階級に所属する人たち自身が受験制度に参入することを嫌うふしがあり、いまだイギリスが「階級社会」という制度から完全に開放されてはいない現実が窺えます。

一方、日本の受験システムは「受験戦争」などと称される通り、必要以上に過熱していると批判されてきましたが、日本の受験生のうちで、「社会的階級が障害となっている」という人はいないでしょう。そういう意味で、日本の受験はシステムは非常に公平であるわけです。ただ、これはあくまでもシステムの仕様上そうだというだけで、実際にそうであるかは考慮していないのでお間違えのないよう宜しくお願い申しあげます。例えば、家の都合で学校に行かせてもらえない子供だっているわけですから、生徒の家庭的要因、個人的要因までをこのシステム内に組み込んで判断するものではありません。
また、受験生個人の能力や努力の程度を査定するといった「センス」を問う試験方式は、それなりの才能がある者にとっては有利なシステムなのでしょうが、才能が無い者にとってはかなり不利なシステムであるといえなくもありません。よって日本の点取り式試験制度は、何か特別な「センス」のない者でも、勉強次第ではどんどん先に進めるという点では、非常に平等なシステムであると言えるでしょう。日本の受験システムは万人に対して画一化されており、みんなが同じスタートラインから始められるものだからです。 

金持ちと貧乏人

月曜日, 4月 30th, 2007

食べるものがなく、電気・ガス・水道も止められて人知れず餓死していく人もいれば、自分の飼ってる動物にブランド物の服を着せたり、何億円もの豪邸を建てたりする人もいる。こういうのを目の当たりにしていると、ブルジョアジーに搾取されるプロレタリアートの気持ちがわからんでもない・・・ような気がします。

しかしまあ、けっこう誤解されているようですが、マルクスがいうところの共産主義社会というのは、資本主義社会がとことん成功したあとでようやく実現されるものでして、奴隷制や封建制でずっとやってきたような国が資本主義による経済発展をすっとばしていきなり共産主義にしちゃったりすると、旧ソビエトみたいにコケちゃうわけです。

最近はイラク戦争のおかげか、アメリカを初めとした欧米人に対するイメージが悪くなってしまって「西洋のもの=悪・人工的・経済発展」、「東洋のもの=善・天然的・人間性重視」・・・などという見方がなされているような気がしないでもないですが、共産主義にしろ資本主義にしろ、西洋人が何千年もかけて生み出してきたひとつの成果であり財産でありますから、一概に否定することもできませんね。

まあ今時イデオロギー対立というのも時代遅れですが、ここの管理人がこういう話をするときは、たいてい金がないときです。ううう・・・。

魯迅先生と香港

日曜日, 4月 29th, 2007

魯迅先生の『雑憶』という作品の最初の方に、『訳した詩なぞ何の価値もないらしい』・・・という一文があります。つまり、どんなに素晴らしい翻訳をしたところで、原文に当たらなければ本当の感動は得られないというわけですね。私も『ドラゴンボール』に登場したトランクスの名前を、『すげーカッコいい名前だな!』・・・と目を輝かさせていた香港人某を見て、ますますその思いを強くしたものでした。君が今穿いている下着の名であることも知らずに・・・。

それでまあ私も、岩波文庫から出ている魯迅選集ではなく、中国語で書かれた原文の方をめくってみたわけですが、元々複雑な上に昔の中国語なので非常にわかりにくい・・・・・。そりゃ魯迅研究者ならともかくとして、私のような一読者は素直に竹内先生の素晴らしい翻訳を読む方が良さそうです。奇しくも先生は日中戦争が始まる一年前に亡くなってしまったのですが、もし第二次世界大戦以降まで生きていらっしゃったら一体どんな文章を書かれたのでしょうか・・・。

ちなみに魯迅先生は『再談香港』という作品の最後で、「香港ちゅうのはまあ、中国各地方の、現在と将来の凝縮みたいなところやね。外国人の手先として儲けてる奴らと貧しさに苦しむ人々がおるわ」・・・というようなことを書いておられます。もしかしたら、それは現在も変わっていないのかもしれません。これによると、なんでも痩せ気味だった魯迅先生は『麻薬をやっているからこんなに痩せているんじゃないか?』・・・と疑われてしつこい荷物検査を受けたり、反対勢力から講演会を妨害されたりと色々ごたごたがあったようで、香港に対してはあまり良い印象を持っていなかったようです。

もうとっくの昔にご存知の方には大変申し訳ございませんが、もしこの日記をお読みの方で香港に興味のある方がありましたら、一読してみてくださいませ。

コンピュータエンジニアの守護聖人

金曜日, 4月 27th, 2007

キリスト教には「聖人」というシステムといいますか、崇敬の対象となる存在があって、有名なところでは日本にキリスト教を伝えたザビエル先生などもそのひとりとされています。

ただ、これはそこら辺の会員カードとは違い、申し込み書に記入をしたら誰でもなれるというものではありません。奇跡を起こしているか、死後何年か経ってもまだなお信仰の対象となっているか等、厳正なる審査をくぐりぬけた上でようやく聖人と認められる(列聖される)のです。

それはともかく2002年、ローマ・カトリックは、プログラマやシステムエンジニアなどのコンピュータエンジニアの守護聖人として、セビリアの聖イシドルスを認定しました。彼は7世紀、『世界初のデータベース』と言っても差し支えない百科事典『語源論』を作った人物で、その関係から情報の宝庫であるインターネットと、コンピュータシステムの中核であるデータベース、そしてそれに携わる人々を守る聖人とされたようです。

そしてあとひとり、聖エクスペダイトという人物もコンピュータエンジニアの守護聖人だと言われています。こちらの方は正式・・・つまりローマカトリックに認められた守護聖人ではありませんが、ニューオリンズなどでは大いに崇敬を受けているということです。こちらの聖人さんはどちらかといえばデスマーチに陥ってしまったプロジェクトや問題を早急に解決しなければならない現場のシステムエンジニアなど、即効性のある方向けとなっています。

ローマカトリックの『守護聖人』というのはそれぞれ守備範囲があって、実に瑣末な事柄までを担当しておられます。たいていは生前に自身が受けた迫害や拷問と関連したものが多く、たとえば歯医者と歯痛の守護聖人聖アポロニアは、拷問によって抜かれた己の歯を手に持っていたり、歯で作ったネックレスをかけた姿で表現されています。ある意味シュールですが、わかりやすくもありますね。

中國古代同性戀秘聞

水曜日, 4月 25th, 2007

以前、現地の本屋さんで『中國古代同性戀秘聞』という、中国古典文学研究者と管理人のような変態を喜ばせる為にあるような本を買ったんですが、悪いことに日本に置いてきてしまいました。こっちで買えばいいだろうと思われるかもしれませんが、香港の本屋というのは回転が早いのか知りませんが、欲しい本を見つけて目をつけておいたものの、翌年行ったら本棚に無かったということが多々ありまして、今回探しに行ったらやはりありませんでした。取り寄せるだけでも誤解を生みそうなタイトルなのでやめましたが、まあ帰郷した際に携えてこようと思います。

それでまあこの書籍、基本的には題名の通り、中国古代の文献などでいわゆる『同性愛』がどのように描かれていたかという内容で、その手の人たちにウケそうな題材。その他にも最近流行りの『女装』や『性転換』の話も載っていてなかなか面白そうです。いいですねこれ。真面目な学術書なのですが、どうしても嫌な見方をしてしまいます。あとはまあ、東洋文庫さんから出ている『捜神記』なんかにも、この手の話が紹介されていますね。

東方書店さんか、原書房さんあたりがそのうち翻訳して下さるような気も致しますが、翻訳業界の皆様、早いうちにいかがでしょうか。その筋の方々に売れるかもしれませんよ~。